わたしはいろんなことに対して、懐疑的な一面があります。
特にスピリチュアル系と自己啓発系のものに関しては。あともう一つ。起業系のものも。
見極める目を養わなければ、お金はもちろんのこと、自分のエネルギーまですり減らしてしまいます。
この講師は本当に人の上に立って指導するに足る人なのか
それだけの大きな愛がある人なのか
以前、自身の離婚話を頻繁に話す講師のセミナーを受講したことがあります。
そういう大変な過去があったんだ、それを乗り越えられたのだから、すごい、と受け取ることもできましたが、なぜかわたしはそのお話を聞くのが嫌で嫌でたまりませんでした。
思い返してみると、このセミナーすごいのよ!とアピールするネタになっていたのです。
このワークをすると、相性が分かっちゃうし、結婚すべきでない人も分かっちゃう。
わたしはそれが分かっていたのに、結婚したんだけど、やっぱり離婚という形になったの。
このワーク、すごいでしょ?事前にわかるんだから。
結婚する前に素直に従っていたら、自分も相手も傷つかずにすんだのにね。
回り道せずにすむのよ、すごいでしょ?
セミナーの間は感心しきりで聴き入っていました。
が、その後冷静になって、なんか変だなぁと思い始めて。
わたしだったら、どうするか?と自分に置き換えて考えてみました。
前半は同じです、たぶん。
相性最悪、うまくいかないという結果が出ても結婚したければ結婚するし、事前に相性が悪いからやめた方がいいってことを目にしてもやめない。聞く耳持たず。やりたければ、やる。
その後が違うのかもしれない。
もし、離婚ということになっても、それからの受取り方が違うような気がする。
そして、なにより離婚という言葉をネガティブなものと捉えているようにしか思えない。
お互いに前に進めるのなら、ポジティブに捉えるべきではないのか。
まとめると、以下のようになりました。
- 離婚に関して、反省すべき点を改めずに、相性のせいにしている
- 人それぞれだけど離婚を回り道と捉えるのはどうなんだろう
- 離婚はネガティブなものばかりではない
ああ、そうだ!もっと自分の中の違和感を大事にしよう!と思ったのです。
あれ?なんか違う。
と感じたら、ストップ。回れ右のサインかもしれません。
自分をごまかすことはできません。自分に素直がいちばん。
とはいえ、怒りちらしたりするのはほどほどに(笑)
自分を変えたいと思って受講するセミナー。
セミナーに行くほどの余裕があるのなら、どうして「自分を変えたい」のか、もっと深く自分と対話することから始めたほうがいい。
自分の悪いところは知っていても、良いところは何にも知らないから。
友人、知人と教え合うのも楽しいです、その人のいいところを。
昨日偶然目にしたこの記事。
素晴らしい教えも、無理して合わせようとしなくてもいいよ。
頑張らなくても幸福を享受していい
って、カリスマ講師が言ってるから。
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