神社にお参りするとき、エネルギーバンパイアになってない?
神社にお参りするとき、知らず知らずのうちにエネルギーを貰おう貰おうと躍起になっていませんか?
良い気を貰おう、パワーを貰おう、もしくは、お願い事をしなきゃ!ということばかりに目がいっていませんか?
神社仏閣だけでなく、パワースポットと呼ばれる場所すべてそう。
その貰った良い気やパワーはどこで循環させてる?
もしかして、毎日の生活ですり減らしてる?
お願い事のエネルギーは神様に届いてる?
届いてるとしたら、その後、どうなってる?
宇宙エネルギーは無限にあるので、どんな使い方をしようが本人の自由。
わたしがとやかく言う筋合いはないのですが。
宇宙はトーラス構造

太陽も地球も存在するものすべて。エネルギーは循環させるもの。
トーラスとは中央に穴のある円環体(ドーナツ型)状の磁場。
トーラス理論とは渦巻き状の基本理論で、万物の持っているエネルギーは、トーラス状に循環するという理論。ドーナツの中央にある穴の上から入ってきたエネルギーは下に向かって流れ、円を描くようにドーナツの側面を周回し、また中央に戻ります。
中央に戻ってきたエネルギーはまた同じようにして下に流れて周回し、中央に戻るを繰り返していきます。
反対に、下から入ってきたエネルギーが上に向けて流れていき、こちらも円を描くようにドーナツの側面を周回し、中央に戻っていき、また下から上に流れていくことを繰り返していきます。
このようにエネルギーを何度も何度も数え切れない程に巡らせ永遠に循環していきます。
『上の如く、下も然り』という言葉がありますが、まさに上と下、両方に同じくエネルギーは廻ります。
『上の如く、下も然り』を英語で言うと、As above, So below。
これについてはまた改めて書きます。
神様からいただいたエネルギー、循環させていますか?
お願い事ばかりして、自分ではなにも行動していないのは、全くエネルギーを循環させていません。何度も言いますが、エネルギーは無限にあるので、それはそれで結構。
いただいたものを、自分なりのエネルギーに変換して、また宇宙に返す。
これが一番いいんじゃないかな。宇宙の理にかなってる、と思います。
神仏尊びて神仏を頼らず
宮本武蔵の言葉。
神仏は畏れ多いものであり尊いものであるけれど、この世のことは神仏に頼らず、自分で成し遂げなければならない。
これは、わたしの座右の銘。
以前、神様(?)それか宇宙の存在から同じような言葉をいただきました。
「お願い事は、神にするものではない。3次元のことは、己で実現せよ。己が叶えよ。」
それ以来、神社でお願い事をすることはなくなりました。
神社にお参りするときは、
・今ここに生きて存在していること
・家族が元気に過ごせること
・こうして神社にお参りできること
を感謝しています。

お願い事は、新月に
願い事があれば、神社に行くのではなく、まず紙に書きだします。紙は神でもあるから。
手書きの文章を書かなくなって久しい人が多いと思います。
お願い事を紙に書く習慣を初めてみませんか?
コツは、過去完了形で書くことです。
逆に、神様のお願いって?
神様のお願いは、宇宙のお願い。
あなたがあなたらしくあなたの人生を全うすること。
あなたでいることを思う存分楽しむこと。
だから、自分を表現するためのお願い事を、自分で叶えようと動き出せば、宇宙全体が味方になりますよ。
それが宇宙の願いだから。
今日は新月だから、お願い事、紙にかいてね!



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